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皆さん長い間ご無沙汰しました。7月29日以来、連絡をたったまま、2002年があけました。
そして、自分自身、この何ヶ月かひたすら走り続けた疲れを癒すため、これから何をしたいのか考えたり、自分のためにのみ時間を使った数ヶ月でした。たくさんの励まし、ほんとにありがとうございました。つくづくたくさんの人に支えられていた自分であったと感じました。
そして自立運動という、まだまだ狭い分野の運動であったにもかかわらず、たくさんの新たな関係ができたことも実感しました。
障害者が堂々と自分に自信をもって、安心して、選択の自由をもって生きられる社会を作っていくこと、そのために、障害者自身をエンパワしていくこと、できるだけ多くの人に権利の主体者としての障害者を位置付けていくことなど、たくさんのやるべきことが見えてきました。
だからまた、活動を再開します。今、私の立場は一人の自立生活を進めてきた障害者として、ILピアネットのメンバーとして、DPI(障害者インターナショナル)の常任委員として、東京都文京区にある特定非営利活動法人スタジオIL文京の代表として、障害者政策研究集会実行委員会代表としての立場をもっていますが、それぞれの団体もともにその方向に向
かっています。
この間訴えてきた「100%バリアフリー〜自分を好きになれる社会」を目指して、「障害者差別禁止法」への取り組みをしていきたいと思っています。
9月末から、講演やシンポジスト、ピアカウンセリング関係の研修などぼつぼつ日程が埋まるようになり、自分の体力と相談しながら外へ出る日々が戻ってきました。時間がたつにつれて自覚していなかった痛みが出てきたり、100%全開でやってきたここ数年のつけが出てきているし、年齢的にも体の切り替わりの時期のようなので、新しい自分と付き合う気持ちで一つ一つ進めていきたいと思っています。
今、障害者の世界は2003年の構造改革による制度の見直しなど、待ったのない動きが必要な時期で、そんな悠長なことは言っていられないとわかっていながら、体がエンジンがかからないという現実は、素直に受け止め、時間をかけることしかないと思っています。
10月末からジンバブエのジョシュア・マリンガ氏が、DPI世界議長として来日され、後一年後に迫った、第6回DPI世界会議のプレイベントや、現地視察の目的で開催地札幌で約1週間をすごしました。
まず、東京で「障害者の権利条約への展望を探る」のテーマでT、基調講演「世界の障害当事者が果たしたもの」U、シンポジュウム「権利条約への道」が行われました。
11月3・4は、札幌でプレ会議があり、500人を越す盛況ぶりで、札幌にとっては初雪も降り、さまざまな意味でのシュミレーションになりました。
二日間にわたって「障害者権利条約策定の意義とDPIの役割」ジョシュア氏講演、「権利条約への道」のシンポジュウム、レセプション。二日目は、「権利〜欠格条項などから考える〜」「移動〜交通バリアフリー法・移動サービスなどから考える〜」「教育〜インクルージョンを目指して〜」「解除〜自立生活運動から考える〜」「ジェンダー〜女性であり、障害者であるという二重の差別から考える〜」の6分科会が開かれました。午後は6分科会のコーディネーターが集まって報告と全体討論でした。
期間中ジョシュア氏は政党のトップとの会談や、北海道知事・札幌市長の表敬訪問など精力的にこなし、会場の下見、など細かな面にも目を配って、自国へと機上の人になりました。
私にとって、’81年のDPI第1回世界会議(シンガポール)は、人生の転機にもなったインパクトある会議でした。
来年10月15日から18日まで世界中から2000人の障害をもった人が、札幌に集い、違いを祝いながら権利獲得に向けた取り組みを力強く進めていきたいものです。
また、世界から札幌へ集まってくる障害者の仲間とともに多くの地域の草の根の運動を続けている仲間の交流・エンパワメントの機会にしていきたいと思っています。
呼びかける、友人に情報として知らせる、ご自分が参加する、現地事務局のサポーターになる、大会運営の物心面でサポートするなど、皆さんにもぜひ支援いただきたいと思います。

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