私たちは十一月、障害者の自立生活に関する国際フォーラムを開き、米国、英国、フィリピン、韓国から招いた障害者と、自己決定権と自立生活運動の国際的ネットワークによる政策提言や、アジアでの支援活動について語り合った。北九州、大阪、東京の各会場の参加者は合わせて千三百人を超え、当事者主体の自立生活運動の確かさを実感した。「自立生活」を国や文化の違いを超えて、障害者が自由と平等を勝ち取り、尊厳と責任ある主体として位置づけられるためのキーワードとするという共同アピールを出した。
この会議の講師の一人は、米教育省の特別教育とリハビリテーションの責任者であるジュディ・ヒューマンという、電動車いすの女性障害者だった。会議の後、彼女と訪問した衆議院議員会館には、車いす用トイレは地下二階の男性用トイレの中にしかなく、それを利用するのは彼女にとって屈辱的な体験だった。一方、別の階のトイレは改造されて間もないのに、障害者に対する何の配慮もない構造でつくられていた。
障害者が利用しやすい建物の建築を促すために「ハートビル法」が制定されたほか、自治体も同じ趣旨の促進案を盛り込んだ町づくり条例を制定し始めてはいるが、既存の建物に対しては改善義務がないことが多いため、こんな事態となる。日本には有効に働くスタンダードルールがなく、気付いたことはその場で言葉にして周りの人に伝えることが障害者の権利擁護の基本だと、ジュディに改めて教えられた。
障害者に関する法律や条例はさまざまだが、どれも接ぎ木のようにばらばらに伸びてきたもので、根本の人権という視点が大きく欠けているような気がしてならない。
日本という国は、障害をもって生きるには、あまりにも孤独な国である。障害を理由に、幼いころから地域の子どもと違うコースを歩かされる。学齢期になれば障害児学級や地域から分離された養護学校に入り、障害児とそうでない子に分けられて教育される。卒業しても、大学へ行けるだけの力を備えることができた障害者はほんの一部で、就職も困難だ。その後は、重度であれば一生を施設で暮らすほか、友人もなく生活実感のない地域に戻り、知らない人たちの中での生活を強いられる。
日本では一人の障害児の教育に年間九百十二万円の予算が使われ、その額は普通とされる子ども一人の教育費の十倍以上といわれている。それだけの予算を、障害に対応する特別な配慮を地域の学校に備えるために使えないだろうか。「普通の」子との自然なふれあいの中から、共に地域で暮らす力を育て合うことができないだろうか、障害児を隔てるのは、同じ教室にいては邪魔だと思う気持ちが根っこにあるのではないだろうか。人権教育をうたい、子どもの権利条約を批准しておきながら、優生思想がいつも私たち障害者の人権を侵害してくる。
教育、就労、生活など、この国の障害者施策の歩みをみる時、常に当事者不在で「だれかがどこかで決めて、はいどうぞ」といった形で、私たちの生活におりてくるという気がしてならない。実質的で有効性がある政策をつくるために、政府と自治体の政策決定の場に子どもや障害者、高齢者、女性といったマイノリティー(少数派)の当事者が参加することを義務づけてほしい。
二十一世紀に向けて介護保険や成年後見制度、社会福祉基礎構造の改革などに合わせて、障害者政策の見直しの議論も急速に進んでいる。「自己決定権の行使を促進する」「権利擁護としての法の改定」などの言葉は美しい。実質的にそうなってほしいと切実に思う。
「心身障害者対策基本法」が「障害者基本法」に変わって今年で五年目という節目に当たって、積極的な法の見直しを期待したい。障害者がひとりの市民・国民として、権利をもつ主体であることを明確にする「障害者権利法」の制定を望む。そして、どこでどのような教育を受けたいか、どのように暮らしたいか、当事者の自己決定権を本当の意味で行使でき、障害を理由に特定の場に囲い込むような「保護」を基本とする政策から脱却することを、障害をもつ者として強く求めていきたい。