パネラーをお受けする時、私はいつも特殊なものを見るような視線を受けて生きてきたので、「普通」とか「市民」という言葉に引っかかりがあるのだなと思いました。障害者というと子どもでも大人でも高齢になっても、福祉でひとくくりにされてしまうのが現実です。
私は「全国自立生活センター協議会」(JIL)で活動しています。メンバーは身体障害では重度に入る人がほとんどが、幼い時から施設で生きてきたり、家族のもとで養護学校という特殊な教育の場で暮らしてきています。そして大人になり自分の選んだ地域で自分の生き方をしたいと思った人たちが、第一難関の親をクリアし自分の生活に必要な援助者を入れながら暮らすことを「自立生活」と呼んでいます。
障害を持った人は大学の近くに住み着くと言われています。それは毎日、大学や駅前でビラを配り介助者を見つけて自分の暮らしを成り立たせてきたからです。そういう先輩たちが積み重ねてきた生活技術を後に続く人たちに提供できるように、各地で「自立生活センター」を立ち上げてきました。
障害を持つ人たちは保護、管理される経験は積んでいますが、自分で何かを作り出すという経験はあまりないのです。「自立生活センター」では、介助者を育てて、必要としている所に派遣したり、障害者自身が生活技術を身につけたり、自分の人生の到達点のために今すべきことを考えるといったことを自立生活プログラムと呼んでいます。
障害を持つ人が当たり前の市民として地域で暮らし、いろいろな活動の場に出かけていく自然な形を作っていかなければなりません。そうしないと、いつまでたっても障害のある人は養護学校へ行き、親元から作業所へ通い、親が介護ができなくなれば施設へ行く、という一方的に決められた道を外すことができなくなってしまうのです。
私たちは、障害をマイナスイメージとして身につけています。障害者だからこんなふうに見られるのだ、車イスだから建物に入れないのだ、と社会の側にある障害を自分の体にある障害のせいにしてしまい、あきらめ癖をつけているのです。人生をあきらめないで、ひとりの人間、市民として堂々と生きていっていいんだ、私たち自身が障害を力に自分を変え、そのことを仲間に伝えていく。確かに辛かったけれど、いつもちゃんと生きてきた、あなたが不便だと思っていることを我慢していると、次の世代にその不便は不便なままで引き継がれていくのだから、あなたはそれを変える力を持っているし、一緒にやっていく私たちがいるんだよと伝えています。
今、全国に97ヶ所ある自立生活センターをサポートしてきた全国組織が「全国自立生活センター協議会」です。私たちは自分がどうしたいかを決めることをスローガンにし、そして自分を変える、地域を変える、社会を変えることをしているのだと思います。