天窓
障害者の権利守る法律を
樋口恵子
私は八〇年代中盤、障害者 リーダー研修で渡米し、自立 生活運動を学んだ。当時、全米の障害者リーダーたちは障 害者差別禁止法草案作りや、
地元選出の国会議員との折衝、ロビーイングを精力的に こなしていた。そして九〇年 に連邦法がスタートした。
「日本にも障害者差別禁止法を」と言いながら十年余が過ぎた。世界には、障害者の 差別禁止・ 権利保障法もつ国は 四十三か国にも上ると 報告されている。
どんな障害をもっていても、地域の一員として、自分 の望んだ暮らしを作っていき たいという思いで、自立生活 センターを仲間たちと作り、 障害者の視点で必要な介助者
派遣や、仲間支援のピアカウセ リングなどに取り組んできた。
自分の希望どおりに動いて くれないヘルパーを「お姑さんと思って腹を立て ない」という一方で、自分の 選んだ介助者をヘルパーとし て利用できる自薦登録ヘルパ
ーを認めさせるなど、したた かに「地域で必要な援助を得 て生活してきた。
障害者を取り巻く環境は少 しずつ改善されつつあるが、 いまだにバリアだらけの日本 である。今年十月に二千人 の障害者が札幌に集まっ て、DPl(障害者インター
ナショナル)世界会議が予定 されている。障害者が一斉に 国内外から札幌に集結するの に伴い、航空機の障害者人数 制限の見直しがやっと始まっ た。移動の権利を始め、教育、
働く、信頓できる人から介助 を得たい、生活を楽しむ−。 こうしたことが障害を理由に 阻害されないよう、法整備を 今世茫の初頭で確立したい。
(DPl日本会議役員)
構成 編成部 落合明子
(読売新聞夕刊「天窓」 2002年2月15日)
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