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ひぐち恵子の歴史 |
| 1951年 | タイガースキャンプ地の高知県安芸市生まれ。中学時代は幼い時の脊椎カリエスが再発、寝たきりの施設生活。 |
| 1972年 | 高千穂商科大学商学部入学し、会計学を学ぶ。知的障害者の青年学級の活動を通し、障害者福祉の領域で働き始める。 |
| 1976年 | 高千穂商科大学卒業。社会福祉法人障害者自立情報センター勤務。町田市重度障害者在宅訪問事業(のちの市立ひかり療育園)非常勤指導員、自助具相談員として勤務。 |
| 1981年 | 国際障害者年を機にDPI(障害者インターナショナル)が設立され、障害者の国際交流が活発になる。障害者の海外旅行を数多くプロデュースする。 |
| 1984年 | 広げよう愛の輪運動基金(ミスタードーナツ)の研修生としてアメリカ留学。カリフォルニア州バークレー自立生活センターの活動、知的障害当事者運動を学ぶ。障害を持った自分の素晴らしさに目覚める。 |
| 1986年 | 日本で最初の自立生活センター「ヒューマンケア協会」(東京都八王子市)を設立に参加。DPI(障害者インターナショナル)女性障害者ネットワークを立ち上げる。 |
| 1989年 | 町田市で自立生活センター「町田ヒューマンネットワーク」創設。 |
| 1991年 | 全国自立生活センター協議会(JIL)を発足させ、副代表。「自分を好きになれる」ピアカウンセリングを全国に広める。(1995年〜2001年代表) |
| 1994年 | 町田市議会で初めての女性障害者議員に(〜1998年) |
| 1995年 | 北京女性会議で優生保護法の改正を訴え、翌96年の母体保護法への改正へ尽力。アメリカ、アジアから障害者リーダーを招き、自立生活国際会議を開催。知的障害者や様々な障害者の国際会議への参加コーディネート、リハ会議などに参加。 |
| 2000年 | 介護保険の障害者への適用を検討する「障害者ケアマネジメント体制整備検討委員会」(厚生労働省)委員。 |
| 2001年 | 参議院比例区民主党より立候補、落選 |
| 2002年 | 第6回DPI世界会議札幌大会担当役員 |
| 現在 | NPO法人スタジオIL文京代表 |
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障害のある人、特に重い障害のある人は、施設に入るか家族と一緒に暮らすものだと思われていました。しかし「自分が選んだ場所で暮らしたい」というのは、すべての人に共通の願いです。自立生活センターはその実現のために、介助者の派遣をはじめとする社会環境づくりを推進してきました。1986年日本で初めての自立生活センターが誕生。それから15年間で全国98ヶ所に広がりました。 |
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ひぐち恵子の本 |
| 『父83歳、ボケからの生還』 現代書館、2004年 ⇒詳しい紹介はこちらへ。 |
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| 『自立生活運動と障害文化:当事者からの福祉論』 現代書館、2001年 ⇒詳しい紹介はこちらへ。 |
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『エンジョイ自立生活:障害を最高の恵みとして』 現代書館、1998年 ⇒詳しい紹介はこちらへ。 |
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